1982年生まれ、思い出が止まらない!!

30代の独身ナス・カズオが語る、趣味のキックボクシングなどについてのブログ

【もうれつ先生】『まんが道』で有名な僕らのアニキ!「寺田ヒロオ」の代表作を読んだ話

 

 

今日は数週間ぶりに、ジムでマススパーを行いました(・∀・)

 

 

蹴りの距離をもっと取ろうと反省しきりでした。でも対サウスポーのとき、サウスポーにスイッチしてからの左ミドルが、意外と有効とわかったのは収穫でした。

 

 

来週は「蹴りの距離をしっかり取る」をテーマにマススパーをします☆彡

 

 

 こんにちは、キックボクシング歴4年のナス・カズオです!

 

 

本日は『まんが道』でトキワ荘メンバーの良き理解者であり、アニキ的存在だった「寺田ヒロオ」のマンガの紹介です。

 

 

 

寺田ヒロオとは?

 

僕がテラさんこと「寺田ヒロオ」について知ったのは、新卒で入った会社の同期で、学徒出陣の頃の日本兵のように凛々しい、僕が勝手に「三代目石原裕次郎」と読んでいた男に借りた『まんが道』からでした。

 

『まんが道』(まんがみち)は、藤子不二雄の自伝的漫画作品、及びそれを原作としたドラマ作品。作者は藤子不二雄Ⓐ。漫画家を目指す2人の少年の成長を描いた長編青春漫画である。藤子不二雄によるシリーズとしては最長連載作品で、シリーズの連載は43年間の長期にわたり続いたが、2013年に完結した。

 

ウィキペディアより引用

 

寺田ヒロオは藤子不二雄コンビが富山の高岡から東京のトキワ荘へ上京する際、とても丁寧な長い手紙で「自炊の仕方、引っ越し時の挨拶回りの重要性、暮らしていくのに必要な当面の資金の目安」などを教えたり、売れない二人に家賃を貸してくれたりと、とても面倒見の良い二人(およびトキワ荘メンバー)の兄貴分的存在でした。

 

作品としても『背番号0』『スポーツマン金太郎』後に千葉真一主演でTVドラマ化もした『暗闇五段』『もうれつ先生』などを描き、主にスポーツ漫画の分野を切り開いた、1960年代まで人気の漫画家の一人でした。

 

しかしながら、次第に佳作になっていき1970年代の『カーブくんとドロップくん』以来少年漫画を書いておらず、漫画家としての筆を折りました。佳作ではありましたが人気漫画家のまま書かなくなったのが、トキワ荘メンバーの評価と言われています。

 

トキワ荘のドキュメンタリーで本人が「ただウケるかとか売れるかという基準で良い悪いは判断できない。スポーツマン金太郎はサンデーで5年描いたが、最初の1、2年と最後の方では随分と変わってしまった」また、トキワ荘メンバーに関しては「100%純粋に子供の為に漫画を描いたとは思えないが、ましな方だったんじゃないのか」といった趣旨のような事を言っていました。

 

ストレートに考えると、筆を折ったのは、劇画のブームや少年漫画誌の週刊化に伴い「刺激やスピード」を求める、寺田ヒロオの考える、子供の為の良質な漫画を掲載できない漫画業界を見限っからではないでしょうか。

 

 

幻の漫画『もうれつ先生』を読んだ

 

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そんな寺田ヒロオの漫画は、しばらくのあいだ幻の漫画として絶版状態でした。

僕は大学時代、下北沢のドラマという古本屋で『少年傑作集』*1を入手し、たまたま読む機会に恵まれました。

 

 

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『もうれつ先生』

 

【大体のあらすじ】

 

講道館の赤鬼といわれた「もうれつ先生」が、山ごもりでもうれつ流柔道を身につけ 、修行を終えて町に「もうれつ道場」を開いた。無敵の柔道と心優しい人柄が評判を呼び、もうれつ道場の入門者は後をたちません。

 

と言った話です。

 

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もうれつ流柔道は非常に理にかなってます。もうれつ先生は「荒唐無稽な必殺技」を使いません。

 

 

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もうれつ先生は正義の人で、弱いものイジメや曲がった事が大嫌いです。

 

もうれつ先生は子供から大人まで誰にも好かれる先生のようです。もうれつ先生のビジュアルは『まんが道』の寺田ヒロオとそっくりで、もうれつ先生は寺田ヒロオの理想の人物像を自分に重ね合わせているのではないでしょうか。また、その清廉潔白な性格も寺田ヒロオの理想を反映しているような気がします。

 

寺田ヒロオは社会人野球の選手でしたが、柔道も有段者だったのでしょうかね。

 

 

今は復刻版が簡単に手に入ります

 

長らく絶版だった寺田ヒロオの漫画は、近年多くの作品が復刻されてます。

 

 

 

他の作品は読んだ事がないので、ナスも『背番号0』や『スポーツマン金太郎』の購入を考えています!おく場所に困るんで、電子版があるとありがたいのですが・・・

 

 

 

筆を折った、寺田ヒロオの晩年

 

 TVドラマ化した『暗闇五段』を最後に、寺田は週刊連載を書かなくなり、しばらく学年誌などで単発を発表した後、1973年頃に完全に筆を折りました。

 

その後、尊敬する手塚治虫の葬儀にも出席せずトキワ荘メンバーと交流を立ってましたが、1990年6月に突然、自宅にトキワ荘メンバーであった「藤子不二雄A、藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、鈴木伸一、つのだじろう」などを自宅に呼び、宴会を行いました。宴会後、帰っていく仲間たちに寺田はいつまでも手を振り続けたと言います。

 

後日、藤子不二雄Aはお礼を言おうと寺田の自宅に電話をしますが、奥さんが出て「寺田は今後いっさい皆さんと交流はしませんと、主人は言ってます」と言われ、完全にトキワ荘メンバーとの交流をたち、その2年後に亡くなります。

 

トキワ荘メンバーをかけがえのない仲間と認めつつも、時代に迎合し、寺田が良しとしない漫画を書いて人気作家になったメンバーと今後はいっさい交流しないということで、「寺田のまんが道」を貫いたのではないでしょうか。

 

 

 

まとめ

 

寺田ヒロオの漫画は「明るく、朗らかな、毒のない」という作品を想像してましたが、『もうれつ先生』の一話だけを見ても「小学生をいじめる学生の集団」やその親の「暴力団の男の殴り込み」を描いており1960年の当時としては意外とリアルな物を書いているような印象もうけます。

 

 

子供達の良質な漫画を描きたいという反面、流行りだした劇画の潮流に飲み込まれないよう、時代に取り残されないよう、そういった側面を持たせたのか、寺田ヒロオは悩みながらも連載を続けていたのではないかと、僕は勝手に推測しております。

 

 

 しかしながら、現代の感覚で読むと寺田ヒロオの漫画は「明るく、朗らかで、毒のない」漫画といえます。刺激的な漫画があふれる今だからこそ、幼年期のお子さんに最初に見せる漫画として、寺田ヒロオの漫画は最適なのではないでしょうか。

 

 

僕も結婚し、子供ができたら「寺田ヒロオ」のマンガを読ませようと密かに思ってます。

 

まあ、彼女もいませんが(/ _ ; ) 

 

 

以上

ナス・カズオでした。

 

 

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*1:『少年』とは光文社が昭和21年から43年まで刊行していた月刊少年誌です